日々の活動

東日本大震災とおおくぼ

3月11日の地震は、都内でも交通機関が止まり多くの帰宅困難者が出るなど、少なからぬ被害がありました。マンション住まいの(や)は、問題無く帰宅できたものの、室内の散乱・破損物を片付けるのに3日くらいかかってしまいました。

ようやく14日午後に……
大久保で顔見知りの何人かにお声がけをしてきましたが、商店街は「特に被害なし」、平常通りで安心しました。韓人会でも事務所の方が「とくに問題はない」とのこと。階下の韓国料理店には、「帰宅支援中」の掲示がありました。この日、ルーテル教会はご不在でしたが、11日の夜は帰宅支援をしていたそうです。
地元の保育園では、区の指導で「計画停電対策中」。園長が「仕事が増えて、たいへん」と、笑っていました。

18日……
大久保通りは「臨時休業」「節電営業」のため、寂しい印象です。韓国料理店の多くが店を閉めていて「当分の間…」と張り紙を出していますが、どこまで回復するのでしょうか。韓国系の流通ルートも止まっているようで、連休中の集客も難しそうでした。韓国系事業だけでなく、コンビニやサービス業の担い手としての外国人従業員の帰国が始まっており、近隣の日本語学校の学生も多数帰国していました。
もし、多数の外国系事業所の廃業や転出があれば、不動産賃貸をはじめとして地域経済にも大きな痛手となるでしょう。

4月28日……
大久保界隈も賑わいが戻りつつあるようですが、コリアビジネスの新旧の交替も出ています。
職安通りでは80年代から開業していた老舗「韓国食堂」がコリアファッションの店に変わり、新しくK-POPライブハウス「聖地」が誕生しています。
大久保通りでは「百人町屋台村」が閉店しました。1993年頃オープンし、18年間にわたり、まちの歴史の一コマをつくってきた店でもありました。まもなくここには“おしゃれ系” コリアンレストランがオープンするようです。

5月20日現在……
天気もいいので平日だというのに大勢の人出があります。そして、21日は歩けないくらいの人の波です。「まちは元に戻った」というよりも、今まで以上の賑わいかもしれません。

(や)

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2010年,夏

お久しぶりの、(や)です。
この夏はあまりにも暑かったので、まちでのフィールドワークは
休止していました。それでも、まちは少しずつ変化しています。

近頃、新宿・大久保では、さまざまな活動が展開しています。
そして、関係者の間が複雑になってきたように感じます。
支援を含む多様な活動があることは良いことですが、以前と比べて
共住懇がどんな活動をすればいいのか考えることが難しくなりました。

…だから、というわけでもないのですが
現在、共住懇は新宿区戸塚地域に進出中です。
戸塚地域は大久保のとなり、高田馬場や早稲田といったまちの
あるところです。
新宿区では戸塚地域は「福祉のまち」として知られているので、
「外国人の定住化」を地域福祉の課題としてアピールすることに
努めています。

「新宿区社会福祉協議会」の拠点も、このまちにあります。
外国人や多文化共生という視点を社会福祉の分野でも
積極的に取り入れてほしいと考え、新宿区社会福祉協議会
とも意見交換を重ねています。

やっと涼しくなって、夏をふりかえってみました。   (や)

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おどりの波

 東京では今ごろ、各地で盆踊り大会が開かれています。
そんなわけで26日、錦糸町の「河内音頭2009」にお邪魔してきました。
ピークをむかえる夜8時ころは、もう踊り子さんでいっぱいです!
詳しくは、イヤコラセ東京のウェブサイトで!
(や)


なみ、ナミ、波!  盛り上がってます!! どど〜ん、と提灯!!!

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夏なので

8月といえば、夏フェスですねえ。(忙しくて行ったことないけど)
それから…戦争と平和について想いを巡らす夏でもあります。
そんな季節に[8/1,8/2]の両日、大久保で「憲法フォークジャンボリー in 東京」
というイベントが開かれていたので、ちょっと覗いてきました。

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小規模の会場ながら、出演者が思い思いに歌や詩の朗読などを行ない、会場を盛り上げました。手作り感あふれるアットホームな雰囲気で、ロビーでは出番を終えてほろ酔い加減のくつろいだ出演者もみかけられました。
場所:東京労音Rsアートコート
(や)

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生マッコリの夜

このあいだ、MATSURIの打合せを終えて生マッコリを一杯やりに。
帰りに駅前までいったら大きな荷物を持った3人組が英語で……
「ホテルSは、どこ?」090625_211101
そこに通りがかりのお兄さんが加わって、……
「ボクも外国人だけど、なにかお困りで?!」
アドレス、アドレス? Okubo ? 2-chome ?
う〜ん、知ってるぞ。どこだっけ??
言語能力の乏しい(や)は、身体表現するしかないか。。。
えーい!めんどくさい。
♪オーケー カモン レッツゴー
ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラ……
(深夜に響くキャスターの音)
「どこから来たの?」090625_210301
「ロサンゼルス!」
 へえー。
大久保通りの手前で、
お兄さんが「ボク、帰りますが…」
大丈夫。近くだから、あとは任せて。お疲れさまです。
信号をわたったとき、荷物がゲーセンの旗にあたって倒れたら、
また通りがかりのお姉さんが、それを直してくれて、
「どうもありがとう」
パチンコ屋のよこ、たしかこの辺り。
あ!やっぱりここだ。
3人組が日本語でお礼を言って、メデタシメデタシ。
OKUBO っていいよな。 (や)

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まちを歩けば

 5月から6月は天候も穏やかで “まち歩き”には、向いています。

 いつも事務所には歩いて通うのですが、できるだけ同じ道を通らないように歩きます。それはまちの変化をみるためなのですが、表通りはよく新旧の店が入れ替わります。看板だけが新しくなることもあります。

 最近、長年親しんだ自転車屋さんと、パン屋さんが店を閉めました。経営者が高齢になったり、馴染みのお客が減っているのかもしれませんが、ちょっと寂しい感じです。

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 うら通りも、いつも同じではありません。古いアパートが建て替わり、空き地がマンションになっていることもあります。ときおり住宅街の奥に新しいレストランができていたりするのを発見!します。  (や)

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あっ! 無い?!

あの小学校に近い「古いアパート」が、ついに更地になりました!
大大ショック!ですよ。
予感はあったのです。11/22と11/27にまち歩きをしたときに大量の粗大ゴミ? が、おいてありました。
「引っ越し?」と思ったのですが、「もしか?!」という感じもしました。
この日もご高齢の女性が、階段をゆっくりと下りてきました。

12/12、まち歩きで説明しようとしたら、あるべきものがない!
(2〜3棟、奥までまとめてありません)
たぶん、先週または12月に入って解体されたのでしょう。
仮囲いなどもなく、いまは、まっさらです。
この古いアパートは、90年代くらいから高齢者や外国人の居住者などが多く住み、大久保のまちを特徴付けてきた建物のひとつでした。(…と、過去形になってしまった)
この区画は秋以降、すでに1棟が建替えられています。
なんだか、またジワジワっとまちが変化しているように思えます。

(や)

Photo

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老舗の店がなくなる!


 大久保で12年+3年間も開業していたマレーシア料理店「マハティール」が12月で店を閉じます。
 都内には四件あるマレーシア料理店のひとつで、このまちでは90年代から続く東南アジア系ビジネスとして長く親しまれてきました。
 メジャーな冊子からの取材もありました。
 マレーシア料理にはインド系、中国系、マレー系などそれぞれの食文化が反映、ミックスされていて、メニューがとても多文化です。
 大久保初心者にはおすすめのお店で、文化の多様性を五感で感じ取ることができます。「まち歩き講座」などでもお世話になりました。
 めまぐるしく店舗が入れ代わる大久保では店の消長にいちいち一喜一憂もしてはいられないのだけど、やはり馴染みの店がなくなるのは寂しいことです。

(や)

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バングラディッシュのパンは何ですか?

 きのうは、「APFS あなたの知らないアジアフェア」に遊びに行ってきました。

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 遅く会場に着くと、いつものようにMC.ktがこなれた進行をしていました。

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 板橋の商店街のまんなかでタンドリーチキンやケバヴを食べながら、フィリピンダンスを眺める。

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 知った顔を見つけては、世間話をする。

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 気がつくと、出店の売り声が耳に残ってしまいました。


「バングラディッシュのパンはなんですかー?」

「バングラディッシュのパンは『ナン』で〜す!」


(や)

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ハワイと大久保

 きょうは、ハワイ大学に留学中で一時帰国しているCさんが事務所を訪れました。
「ハワイでは多文化政策というと、ハワイの原住民への対応を考えることなんです。」
「一部でハワイ文化の復権や評価もありますが、原住民への教育や生活支援は十分ではありません。」
…と、現地のお話しをしてくれました。そこに、学生会員のS君が合流。
若い研究者が、情報交換やあれこれ議論しているのは、そばで見ていて楽しいものです。
…て、おじさんは何者じゃ?! いま、コーヒー入れるから。。。

S君には大久保地域の古い住宅地図を探してもらうようにお願いしていました。
地域の変化を見るときに、まちの住宅地図は大きなヒントになります。

「これが1973年の地図の追加資料です。これで、いまの地図との比較ができますね。」
「ただ、ビルの各階の情報がわからないんです。」

73年頃、いまでは韓国人ビジネスの活発な職安通りは、まだ、用地買収中。
完全な道路ではありませんでした。
いまの歌舞伎町二丁目は、西大久保一丁目という住所でした。

「1963年の地図があるみたいだよ。こんどはそれを頼めるかな?」
「十年ごとの比較ができると思うけど。」
「わかりました。また探してきます。」

(や)

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